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虹の橋

2010年08月02日 03:00

「虹の橋」という物語、ご存じの方も多いかと思います。

YOU TUBEで動画を探していて、この物語の動画(というかスライドショー)を見つけたので、

これ読んだら絶対に泣いちゃうしぃー!とか思いつつ、見てました。

で、第1章を読み終わった時点で、もちろん涙ボロボロ。

こてつをギューっと抱きしめて、こてつの温かさを確かめました。

まあ、腕の中のこてつは、うざい!やめてくれ!と言わんばかりで暴れておりましたが

我が家は、母の感涙、子知らずでございます。


で、ふと思ったのですが、もし・・・というか、

いつか必ず、うちのこてつも虹の橋へ行く時が来ます。

今、どんなに元気で健康でわんぱくでいても、いつか必ずその日は来る。

その日を想像するだけで、ちょっぴり眩暈を起こしてしまいそうになります。

いつか"その日" が来たら、私はどうなってしまうのかな・・・なんて。

きっと、こてつにそっくりの別の新しい子を迎えたいな・・・なんてことも考えるのですが、

改めて「虹の橋の物語」を読んで思ってしまったこと、

こてつはそんなに誰とでも仲良くしようって気のある子でもないし

どこにいても誰といても、私がいないとダメな子なので、(←これはどこの子も同じですよね♪)

虹の橋に行ったときに、他のお友達と仲良くできるのか?

私がいなくてキュインキュイン言わないか?

とか、飼い主目線のなんだかもうホントに勝手な想像をしちゃって、

きっと、こてつは私が虹の橋に迎えに行くのを楽しみにすごくすごく楽しみにして

待っていてくれるんだから、新しい子を迎えるなんて・・・

それって、要はこてつを裏切ることになるんじゃないか、とか。

そう考えちゃうと、行き詰まっちゃいますね。


またちょっと別のことだけど、こてつが老後、命にかかわるような病気になったとき、

こちらとしては、最後の最後まで1分でも1秒でも長く生きて欲しいと思うけど、

苦しんでいる本人にとって、本当にそれが良いことなのか・・・。

犬を擬人化しちゃいけないとはよく聞くけれど、

前に、アニマルプラネットで(たしか)末期のガンと戦うワンちゃんの姿を見たのですが、

もちろん飼い主さんは、治療費に糸目はつけないから、少しでも長く生きて欲しいと思っている。

でも、酸素室の中で、もう思うように動かない体をただただ横たえて

こちらを見つめるワンちゃんの瞳を見ていると、

「パパママ・・僕ももっとパパママの傍にいたいよ・・けど、すごくしんどいんだ・・・

僕、頑張ったよね・・もう頑張らなくてもいい?」って言ってるような気がして、

とにかく泣けて泣けて仕方がなかったことがありました。

結局、この飼い主さんは、獣医さんとも相談の上、これ以上は延命せず、

病の苦しみから解放してあげるという選択をしていました。



"ペットロス" という言葉がありますが、正直なことを言えば、

私、実際にこてつと暮らすまでは、ペットロスなんて信じられないと思ってました。

だけど、このたび改めて「虹の橋」を読んで、

あー・・私、間違いなくペットロスになるだろうなぁ・・・って思っちゃいました



でもね、第3章を読んで、少し救われたような気がします。

人間の生死にも同じことが言えると思うけど、

いつまでも前を向かない状況は、旅立っていった子にも辛い状況なんだなって。


まあ、"その時" が来るのは、まだまだずーーーーーーっと先のことだと信じているから

今は、こてつとのなんでもない日常を楽しんで行くだけですね!






虹の橋 ~第1章

天国の、ほんの少し手前に「虹の橋」と呼ばれるところがあります。
この地上にいる誰かと愛し合っていた動物は、死ぬとそこへ行くのです。
そこには草地や丘があり、彼らはみんなで走り回って遊ぶのです。
食べ物も水もたっぷりあって、お日さまはふりそそぎ、
みんな暖かくて幸せなのです。

病気だった子も年老いていた子も、みんな元気を取り戻し、
傷ついていたり不自由なからだになっていた子も、
元のからだを取り戻すのです。
・・・まるで過ぎた日の夢のように。

みんな幸せで満ち足りているけれど、ひとつだけ不満があるのです。
それは自分にとっての特別な誰かさん、残してきてしまった誰かさんが
ここにいない寂しさのこと・・・。

動物たちは、みんな一緒に走り回って遊んでいます。
でも、ある日・・その中の1匹が突然立ち止まり、遠くを見つめます。
その瞳はきらきら輝き、からだは喜びに震えはじめます。

突然その子はみんなから離れ、緑の草の上を走りはじめます。
速く、それは速く、飛ぶように。
あなたを見つけたのです。
あなたとあなたの友は、再会の喜びに固く抱きあいます。
そしてもう二度と離れたりはしないのです。

幸福のキスがあなたの顔に降りそそぎ、
あなたの両手は愛する友を優しく愛撫します。
そしてあなたは、信頼にあふれる友の瞳をもう一度のぞき込むのです。
あなたの人生から長い間失われていたけれど、
その心からは一日も消えたことのなかったその瞳を。

それからあなたたちは、一緒に「虹の橋」を渡っていくのです。



虹の橋 ~第2章

けれど、動物たちの中には、様子の違う子もいます。
打ちのめされ、飢え、苦しみ、
誰にも愛されることのなかった子たちです。
仲間たちが1匹また1匹と、それぞれの特別な誰かさんと再会し、
橋を渡っていくのを、うらやましげに眺めているのです。
この子たちには、特別な誰かさんなどいないのです。
地上にある間、そんな人は現れなかったのです。

でもある日、彼らが遊んでいると、橋へと続く道の傍らに、
誰かが立っているのに気づきます。
その人は、そこに繰り広げられる再会を、
うらやましげに眺めているのです。
生きている間、彼は動物と暮らしたことがありませんでした。
そして彼は、打ちのめされ、飢え、苦しみ、
誰にも愛されなかったのです。

ぽつんとたたずむ彼に、愛されたことのない動物が近づいていきます。
どうして彼はひとりぼっちなんだろうと、不思議に思って。

そうして、愛されたことのない者同士が近づくと、
そこに奇跡が生まれるのです。
そう、彼らは一緒になるべくして生まれたのでした。
地上では巡りあうことができなかった、
特別な誰かさんと、その愛する友として。

今ついに、この「虹の橋」のたもとで、ふたつの魂は出会い、
苦痛も悲しみも消えて、友は一緒になるのです。

彼らは共に「虹の橋」を渡って行き、二度と別れることはないのです。



虹の橋 ~第3章

こんな風に、幸せと愛の奇跡に満ちている、「虹の橋」の入り口に、
「雨降り地区」と呼ばれる場所があります。
そこではいつもシトシト冷たい雨が降り、動物達は寒さに震え、
悲しみに打ちひしがれています。
そう、ここに降る雨は、残して来てしまった誰かさん、
特別な誰かさんの流す涙なのです。

大抵の子は半年もしないうちに、暖かい日差しの中に駆け出して、
仲間と戯れ、遊び、楽しく暮らす事ができます。
ほんの少しの寂しさと、物足りなさを感じながらも・・・。

でも、1年経っても2年経っても、ずっと「雨降り地区」から、
出て行かない子達もいるのです。

地上に残して来てしまった、特別な誰かさんがずっと悲しんでいるので、
とてもじゃないけれど、みんなと楽しく遊ぶ気になれないのです。
地上に残して来た誰かさんと同じ辛い想いをして、
同じ悲しみに凍えているのです。

死は全てを奪い去ってしまうものではありません。
同じ時を過ごし、同じ楽しみを分かち合い、愛し合った記憶は、
あなたの心から、永遠に消え去る事はないのです。
地上にいる特別な誰かさん達の、幸せと愛に満ちた想い出こそが、
「虹の橋」を創りあげているのです。

ですからどうか、別れの悲しみにだけ囚われないでください。
彼らはあなたを幸せにする為に、神様からつかわされたのです。
そして、何よりも大事な事を、伝えにやって来たのです。

命の儚さと愛しさを。
束の間の温もりに感じる、慈悲の心の尊さを。

その短い生涯の全てを以って、教えてくれるのです。
癒える事のない悲しみだけを、残しに来るのではありません。

思い出してください。
動物達が残して行ってくれた、形にも、言葉にもできない、様々な宝物を。

それでも悲しくなったら、目を閉じてみてください。
「虹の橋」にいる、彼らの姿が見えるはずです。

信じる心のその中に、必ずその場所はあるのですから。
  
  
  
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